ゆく年くる年

2020.01.05 Sunday 02:11
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    2019年12月31日夕方

    ガラガラのJRで
    刈谷のすえちゃんの実家に

    ただいまー!


    目がくらむご馳走!

    入手困難な高級なお酒


    まあまあ(失礼)高級なお酒


    すえちゃん家が集まっての年越しパーティーってのもあるけど
    実は12月31日はお母さんの誕生日なのだ!

    「誕生日おめでとうございます!」
    と子供や孫たちは誕生日を迎えた人が
    せっせと作ったおせち料理を食べて祝うのだ。
    複雑だけど慣例。大晦日に産まれたお母さんの宿命(・Д・)

    紅白歌合戦を観ながら、いろんな種類のお酒、いろんなご馳走に舌鼓。

    でもその場にお父さんが不在。
    紅白も残りわずかとなったところで
    よし!お父さんに会いに行こう!
    すえちゃんと弟さんの奥さんと私、3人で自転車で初詣の神社へ

    年越しの瞬間。本刈谷神社にて
    「明けましておめでとうございます!」
    そうお父さんはこの神社のお手伝いに駆り出されてるのであった。

    いたいた!

    かわいい娘たちと

    昨年から続いた徹夜のご奉仕も今年で終わり。
    2020年の年末はお父さんも家でゆっくり過ごせそうです。

    みなさま、明けましておめでとうございます!
    本年2020年もよろしくお願いしますm(__)m

    2019年 平成31年 令和元年

    2019.12.31 Tuesday 16:00
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      時の経つのは年々速くなってるとは感じるけれど
      毎日楽しく過ごせていることに感謝です。
      今年もとてもとてもステキなステキな1年でした。本当に。
      関わってくださるみなさまの気持ちがとても温かくて幸せです。

      2020年、ナイトカフェ弾き語りは1月3日より営業いたします。
      1月2日はお隣の「いまじん」で新年会を開きます。
      来年も引き続き呑んで歌って人生を謳歌しようではありませんか!!

      みなさん2019年ありがとうございました!
      来たるべき2020年も変わらず友だちでいてください(。-_-。)
      よろしくお願いします!

      ドレミファ、、ソファー!!

      2019.12.27 Friday 13:34
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        何年も前からすえちゃんがうわごとで
        「ソファーが欲しい、ソファーが欲しい」と(´-`).。oO

        いや、だってほら!現実!
        どこに置くの?あんなでかいもん。
        それでも500円貯金でソファー代を貯めたすえちゃんのために一念発起!

        リビングの自転車をなくし(リビングに自転車があったのか!)
        ギターの数を半分の10台に減らし(それでも10台!)
        高さ180センチの棚を2台作り。

        ギリギリ場所確保!

        ここまでが大変だった!

        そして紆余曲折、選んだソファーは!!

        ニトリのソファー!
        実際店舗で座りまくって決めた。


        ニトリの合皮は劣化しにくいし破れにくい。


        この枕にもなる肘掛けがすえちゃんの譲れない条件。
        床の掃除も出来る。

        そして届いた。業者さんが搬入も開梱も設置もパパッとやってくれた。

        ジャジャン!

        見事!納まった!

        快適ソファー生活!楽しみ!

        幼なじみの芸術家

        2019.12.27 Friday 01:49
        0
          幼稚園からの同級生にヒロシ君という自閉症の子がいた。
          いつも何か叫んだり唸ったりしてて、暴れたり走り回ったりしてる。
          そんなヒロシ君のことが私は好きで良く付いて回っていた。
          同級生でヒロシ君と1番遊んだのは間違いなく私だという自信がある。
          小学2年から彼は養護学級という別の教室に居ることになって、私もよくその教室に遊びにいったのだけど、段々ヒロシ君とは疎遠になっていって寂しく思ったのを覚えている。

          とにかく酒や焼酎の一升瓶が好きで私の祖父がいつも呑んでる立ち飲み酒屋で空の一升瓶を勝手に持っていっては、それを画用紙にクレヨンで模写する。
          それが本当に上手で目の前に一升瓶がなくてもバリバリと細かく描く。
          でも一升瓶を岩に向かって投げつけて割ったりしてたものだから、
          酒屋のおじさんが剥がしたラベルだけを渡すようになった。
          今思うと島の人たちは自閉症の子に対しても正面から対応してたなぁ。
          私はよくヒロシ君の家に遊びに行ってたから
          (近所でカラーテレビがあって、私の好きな番組を観れたから。ハクション大魔王が好きだった。)
          ヒロシ君のお母さんは大事にヒロシ君の書いた絵を宝物のようにとっておいたのを知っている。

          小学校を卒業して私とヒロシ君だけ島外の別々の中学に入学した。
          そこからヒロシ君には殆ど会えなくなった。
          本当にね、何十年経っても「ヒロシ君どうしてるのかなぁ」って思ってた。

          今日姉からLINEが来た。
          (姉は子どもの頃、ヒロシ君にいつもいきなり抱きつかれるので怖がって逃げ回っていた。
          私はそれを笑って見ていた。)


          こんなことになっていた!
          あー面影ある!というかヒロシ君の優しいお母さんにそっくり!

          しっかり「記憶」があるらしい。
          今で言うサヴァン症候群かな?
          私のことも憶えてくれてるかな?
          お母さんもご健在みたいだ。
          なんか嬉しくなった。
          さだまさし展をやってた美術館だ。あー行きたいなー!
          名古屋でもやってくれないかなぁ、個展。

          ヒロシ君の記事

          なぜ「調理師免許」?

          2019.12.26 Thursday 18:59
          0
            一般的に誤解されていることだが
            「飲食店は調理師がいないと営業できない」
            「厨房で働いている人は必ず調理師免許を持っている」

            いえいえ、そんなことは無いのです。
            飲食店には必ず「食品衛生責任者」が1人は必要です。
            この人がいないと営業の許可がおりません。
            でもこの「食品衛生責任者」は1日の講習を聞くだけで取れる資格です。
            ハードルは低いです。

            「調理師」は居るに越したことは無いのですが、居なくても構わないのです。
            あ、「調理師の免許」を持ってる人だけが
            「調理師」と称されて良いのです。
            免許をもって無い人が「調理師」を名乗ると法律で罰せられます。

            じゃあなぜ必要のない「調理師の免許」を取ろうとしてるのか?

            まー一言で言ってしまえば「やり残した青春」です。

            あーあの時やっとけば良かった、と後悔してるのが2つあって。

            1つはオートバイの免許を取って400CCのバイクを乗り回したかった。
            お金もそうだし、色々障害があって結局出来なかった。
            これは今おっさんになってやることでもないし、自転車でオートバイ並みに走り回って昇華された部分もあるので。

            そしてもう1つが「調理師免許」。
            18歳で名古屋に来て、すぐに名古屋駅の割烹居酒屋で1年働いて、
            そして昭和区の定食屋で4年働いた。
            定食の厨房にこもること3年目のとき
            厨房のリーダー(専務さん)から
            「調理師の免許取りなよ。もう簡単に取れるよ」
            なんて言ってくれて、でもこの時は自営もやってたし、バンドも演劇もやってて
            日曜日にテストを受けに行くなんて無理無理!だった。

            でも厨房で働いた4年間を認められたい、それが「調理師免許」だよなーなんて
            モヤモヤと当時思ってて、
            それが未だに続いていたのだった。

            厨房で働きながら、昭和天皇の崩御や平成に変わった瞬間を過ごしたこともあって
            「令和」に変わった記念に!
            と思い立ったのであった。

            まぁですので、料理のメニューが増えるとか
            飯が美味くなるとか、そう言ったことは残念ながらないです。

            ちゃんちゃん

            とてもキラキラクリスマス

            2019.12.25 Wednesday 08:03
            0
              クリスマスイブがちょうど火曜日の「弾き語りフェスタ」

              そしてこの弾き語りフェスタも100回目!!


              すごい!おめでとう!!
              ブッキング担当のクタ子ちゃんに感謝。


              今池名物のサンタレディーのケーキ売りから買ってみた。
              意外とビジネスライク(しかも不慣れ(^.^))でつまらなかったけど
              おまけのショートケーキが4つも付いた。
              ラッキー!

              別働隊のすえちゃんは

              向かいの洋食屋さんから「ローストチキン」をゲット!


              準備万端!


              トップバッターは「フォークブラザーズ」
              私が訳あって練習時間が取れなくて
              でも「ライブ」という表現はできたと思う。


              木村☆ライムちゃんはクリスマス仕様。
              会場内の雰囲気がみんな「ライムちゃんが好きー!」って感じで温かくて
              歌がキラキラとクリスマスしていた。

              クレイジーバニーズ+クタ子ちゃん

              この日この時しか見られない組み合わせ。
              だからみなさん足を運ぶんですよね。
              とてもステキなハーモニーでした。
              クレイジーバニーズ今後ももっと見たいです。

              そして安定のユニット

              温野菜さん!
              100回の弾き語りフェスタのうち20回出演です。
              これまたすごい!
              色々な工夫とナイスな選曲は日頃のサービス精神の賜物ですよね。
              また来年もよろしくお願いします!


              ケーキもローストチキンも美味しかった!
              メリークリスマス!!

              調理師資格試験

              2019.12.22 Sunday 17:00
              0
                「国家資格」受験の勉強中なんて度々皆さんを煙に巻いて来ましたが
                実は「調理師免許」の受験でした。

                本日!

                受けてきました!
                かつ庵に寄って

                カツ丼食べて!(勝つ!って縁起担ぎ)
                勉強したんですよ!
                オンラインゲームとかみんなと音楽のお酒とかすえちゃんとデートの合間にね。
                結局、「マンガでわかる」教科書が1番役に立った。
                アプリも入れまくり

                スマホの音量が気づかず最大になってる状態で
                深夜このアプリで問題解いたら
                「ぴんぽーん!!」
                ってでかい音がなって。
                すえちゃんが起きて「なに?なんの音?」

                「あ、ごめん、正解しちゃった」
                なんてこともあった。

                そして本番!

                いやー!意外なアプローチの問題が度々。
                しまったー!
                お?これは知ってる!
                なんて。
                知ってるか知らないか、なので
                見直しても仕方ないから半分の時間で退出して来ました。
                (2時間の受験時間だけど1時間経ったら帰っていい)

                そして帰って、自己採点。

                さて結果は、、、、
                (てか、不合格ならこんな風にブログに書かず、受けたことさえ内緒にしてると思う)

                さー結果は、、?


                じゃじゃーん!

                合格!!

                やったー(((o(*゚▽゚*)o)))

                あ、正式な発表は来年の2/14だって。
                それで「覚醒剤中毒じゃない」って医師の診断書をもらって県に申請して免許がもらえるのだ。
                え?それが一番難関?
                もし数ヶ月後、調理師の免許持ってなかったら、そういうことですな(-.-;)y-~~~じょ、冗談ですってば!

                協力していただいた皆さん、従事証明をしてくれたせきちゃん!ありがとうございました!
                おれ!がんばりました!

                誕生日にクリスマス

                2019.12.22 Sunday 07:00
                0
                  盆と正月が一緒に来るようなものですね。


                  ハッピーバースデー!!
                  一瞬ナイトカフェ弾き語りに30人近くがお祝いに集まって人口密度がピークに。
                  そして「メリークリスマス!!」

                  みんなそれぞれ幸せな日々を!
                  楽しい幸せな夜でした。

                  光陰矢の如し

                  2019.12.21 Saturday 04:14
                  0
                    もう12月後半ですよ!!


                    来年カレンダーを出しました。

                    来年からオープンマイクもイベントの1つになります。

                    今までは「オープンマイクの店」だったんですが
                    週に3日だけ「オープンマイク」になります。

                    あ、来週火曜日の「弾き語りフェスタ」は
                    チャージ無料なのに「豪華なクリスマスケーキ」と
                    「ローストチキンの七面鳥風」が登場し
                    皆さんに振舞われます。

                    ぜひ!みんなでクリスマスを祝いましょう!!

                    父が話した原爆秘話

                    2019.12.18 Wednesday 15:23
                    0
                      父からお歳暮のお礼の電話が来た。

                      あんなに私とは仲が悪かった父が最近では話が止まらない。
                      すえちゃんの策略で年に一度顔を出すようになったからだろう。

                      一緒に住んでる私の妹を褒める話から
                      私の方から「原爆の話」に誘導した。
                      箇条書きにしてまとめる。

                      生まれ育った伊王島から、心機一転長崎の街へ引っ越した。戦争前に。
                      それが爆心地近くの銭座町。
                      「火葬場に立つ少年」という写真の男の子も投下当時、銭座町にいたことは知っている。
                      多分知ってる子。あの火葬場もよく遊んでた砲台の丘のところだろう。
                      ああやって赤ん坊をおぶってた子は当時何人もいた。

                      当時、銭座町の家にいたのは母親と父(13才)とその姉(つまり私の叔母)3人。
                      小さい妹と弟は元住んでた伊王島に疎開していた。
                      (その縁なのか、銭座町生まれの母と姉妹も伊王島に当時疎開していた。母の兄は銭座町に残っていた?)

                      空襲警報が鳴ったので、
                      近所の人たちと掘って作った玄関から数メートル先の防空壕に入ろうと
                      家から2、3歩出たところで家に押しつぶされた。
                      だからピカ(閃光)もキノコ雲も見ていない。
                      自力で抜け出せたが(もちろん大怪我)
                      姉(15.6才?)が家の壁の竹編みのようなものに
                      覆い被さられ身動きが出来ない。
                      母と弟(父)も必死で竹を取り払おうとするが全然ラチがあかない。
                      空襲がまた来る、爆弾が落ちてくる、火が登ってくる(山の中腹の家だったが、この後、火の手が登ってきてすっかり焼けたらしい)
                      不安の中、近所のおじさんも助けに来てくれたが苦戦している。
                      姉は声を上げて泣いている。
                      その最中、母が
                      「いのうてやるけん、もう死なんね!」
                      (神様に祈ってやるから、もうあきらめて死になさい)
                      と言った。
                      一同大笑いした。
                      「戦時中だからと言って、みんな悲しい事ばかりではなかった。
                      冗談も言ってたし、笑いもしてた。
                      こういう笑いに救われたんじゃないか。
                      人間はたくましいものなのだ。

                      という話だった。


                      この父の姉、私の叔母には私も随分お世話になった。
                      子供たちも可愛がってもらった。
                      ので、この父の話すシーンがまざまざと想像できて涙が出てしまった。


                      なんか「いい話」だったので備忘録として残しておく。

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